近年、「売らない店舗」と呼ばれる店が次々に開店し話題になっています。そこには、消費の動向の変化に伴って変わっていくリアル店舗のあり方が映し出されています。
本コラムでは、売らない店舗の定義や具体例、さらに店舗や消費者にとってのメリットについて解説します。
また、今後売らない店舗に求められることについても考察しますので、ぜひビジネスの参考にしてください。
売らない店舗とは
「売らない店舗」とは、その場では商品を販売せず、ショールームのような機能を持つ店舗を指します。
売ることが目的ではなく、商品を実際に体験してもらうことや商品の説明・相談が目的です。近年、急速に広がりを見せている形態です。
購入は、スマートフォンなどでEC(ネット通販)サイトにアクセスして行うのが主流です。
店舗によっては、その場で購入できるケースもあります。
売らない店舗には次の2つのタイプがあります。
- 自社店舗・ブランドで運営しているタイプ
- 場所を提供して複数のブランドを集めて運営しているタイプ
後者は、百貨店が自社店舗に売り場を設けプロデュースしているケースがほとんどです。そのほかセレクトショップのように、複数の企業・ブランドの商品を展示している店舗もあります。
前者・後者とも、D2C(Direct to Consumer)と呼ばれる、代理店などを通さず自社サイトで直接消費者に販売するブランドが多く出店している傾向があります。
売らない店舗が増えている理由
売らない店舗が増えているのは、ECの普及と利用者の増加によって、オンラインでの買い物が日常化したことが最大の理由だといえます。
ネット通販が一般化するにつれ、実店舗で商品を確認して安いECサイトで購入する「ショールーミング」が小売店を悩ませました。
それに伴い、実店舗は衰退していくだろうという意見も出てきました。
そこで、リスクが少なく最小限の費用で出店が可能な「売らない店舗」に、注目が集まりました。
売らない店舗は、小売り側による実店舗とECとを融合した「OMO(Online Merges with Offline)」の一環だと言えます。
自社サイトで購入してもらう販促の場や、商品体験の場として、実店舗を活用するものです。
さらに百貨店がオープンさせる場合は、従来のビジネスモデルから新しいビジネスモデルへの転換という意味もあります。詳しくは後述しますが、モノ消費からコト消費への変化・多様なブランド誘致による差別化といった狙いがあります。
売らない店舗のメリット
売らない店舗は、以下3つの立場にとってメリットがあります。
- 出店する企業のメリット
- 場所を提供する企業のメリット
- 消費者のメリット
それぞれのメリットについて以下にまとめます。
出展する企業のメリット
自社の店舗やブランドが運営している場合・百貨店などに出店する場合、いずれも出店する企業にとって以下のようなメリットが挙げられます。
- 消費者との接点づくり・情報収集やリサーチができるようになる
- 店舗の在庫が不要かつ人件費やスペース・什器など小規模で済み、出店のハードルが低い
- 売らない店舗は販売ノルマがなく、商品の魅力を伝えることに専念できる
売らない店舗を出店するのはD2Cの店舗が多いため、対面で得られたり与えられたりする情報はリアルならではの利点です。購入に至る割合やリピート率が高まります。
百貨店などに誘致されて出店する場合は、さらに次のようなメリットもあります。
- 一等地への出店も多く、認知拡大・興味喚起が可能
- 店内行動や購買のデータが提供され、商品開発へのフィードバック・マーケティングが可能
顧客のデータを収集している場合が多く、マーケティングに役立つデータが得られるのは大きなメリットです。
場所を提供する企業のメリット
百貨店など場所を提供する企業のメリットとしては、次の点が挙げられます。
- 家賃収入へのビジネスモデル転換により収入が安定する
- ニッチで多様なブランドを扱うことにより店舗の活性化が期待できる
- モノの提供だけでなく、コトを提供するD2Cブランドを誘致することで、サービスの展開範囲を広げることができる
従来、百貨店は商品を販売した売り上げで収益を得ていました。
しかしECの浸透など消費行動の変化により、ビジネスモデルの転換が必須となっていました。
不動産業のような家賃収入を得るビジネスモデルなら、売り上げに左右されることなく安定した収入が得られるようになります。
また売らない店舗に出店していることの多いD2Cブランドは、専門性の高い商品・サービスが多くあります。そのため、多彩なブランドを誘致できて店舗が活性化されます。
さらに消費のトレンドはモノからコトに移っています。コトを提供するD2Cブランドを誘致することで、モノを売るだけではない新たな領域にサービスを広げることができ、より多くの消費者ニーズに応えることができるようになるでしょう。
消費者のメリット
売らない店舗を利用する消費者にもメリットがあります。具体的には次の通りです。
- D2Cブランドの商品を実際に手に取って試せる
- ECでの購入同様、持ち帰る手間がない
- 接客スタッフを置いていない店舗を選ぶことで、セールスが苦手な場合でも商品をじっくり吟味できる
- 接客スタッフが常駐する店舗を選ぶことで、さまざまなブランドや商品について詳しく聞くことができる
- その場で買う必要がないので、口コミも確認したうえで決定できる
ECでの販売を主とするケースの多いD2Cブランドは、基本的に商品の現物を確認することはできません。
しかし売らない店舗を訪れることで、手に取ることが可能になります。
また実際に購入した商品を持ち帰ることが煩わしい人は、その手間を省くことができます。
さらに、実物を確認したりプロの説明を聞いたり口コミを確認するなど、購入前にいろいろな情報を得たうえで購入を判断することが可能です。不要なものは買わずに済むため、満足のいく買いものだけをすることができるでしょう。
売らない店舗の事例紹介
売らない店舗にも、扱う商品や形態などさまざまなお店が存在します。そこで、現在どのような売らない店舗があるのかの具体例として次の6店舗をご紹介します。
- AZLM CONNECTED CAFÉ(エイゼットエルエム・コネクテッド・カフェ)
- 明日見世(あすみせ)
- b8ta Japan(ベータジャパン)
- INSEL STORE(インゼル ストア)
- CHOOSEBASE SHIBUYA(チューズベースシブヤ)
- FABRIC TOKYO(ファブリックトウキョウ)
以下、それぞれの店舗について、扱う商品や購入方法・商品の説明方法・所在地などの概要をまとめます。
AZLM CONNECTED CAFÉ(エイゼットエルエムコネクテッドカフェ)
出典元:https://azlm.jp/
「AZLM CONNECTED CAFÉ」は、地方の良品を扱うショールームとAIカフェが一体になった店舗です。
2021年7月に渋谷駅前スクランブル交差点の地下商店街「しぶちか」にオープン、マーケティングを行うコネクテッドコマース株式会社が運営しています。
顧客は専用アプリをインストールすれば、スペシャリティコーヒーを1杯99円で購入できます。
ゆっくりコーヒーを飲みながら、展示された商品を手に取ったり、スマートフォンや店頭の端末で商品の詳しい説明を確認したりすることができます。
購入はAZLMの音声システムやECサイトで行います。
「JOIN member」と呼ばれる出展者は、展示商品を店舗に送るだけで実際に来店者に体験・購入してもらうことができるようになります。
展示スペースは約300点分。行動データ・購買データは出展者に提供され、商品開発から検証まで幅広く活用できます。
明日見世(あすみせ)
出典元:https://dmdepart.jp/asumise/
「明日見世(あすみせ)」は、2021年10月にオープンしたD2Cブランドを集めたショールーミングスペースです。大丸東京店にあり、大丸松坂屋百貨店が運営しています。
接客担当として大丸の「アンバサダー」が常駐し、商品説明を行います。人によるコミュニケーションを重視し、人を介して商品の魅力や作り手の思い・商品背景を伝えることに注力しているのが特徴です。
商品が欲しいときは、店頭に設置したQRコードから出品ブランドのECサイトへアクセスして購入します。
編集テーマやブランドは定期的に入れ替わります。初回のテーマは「社会を良くするめぐりとであう」で、テーマに合わせて選ばれた約20ブランドが出店。商品はコスメ・ライフスタイル雑貨・アパレル・インナーウェア・フルーツビールなど多岐にわたります。
コンサルティングやマーケティングのサポートが受けられ、出店者にとってのメリットになっています。
b8ta Japan(ベータジャパン)
出典元:https://b8ta.jp/
「b8ta(ベータ)」は2015年シリコンバレーで生まれた、消費者がさまざまな企業・ブランドの商品を体験できる店舗です。
ドバイに続く世界2店舗目として2020年に東京に出店、b8ta Japanにより現在は有楽町・新宿・渋谷の都内3カ所に店舗を構えています。
店内には家電・インテリア・ファッション・コスメ・食料品など、さまざまな企業・ブランドの商品が展示されています。
展示物の中にはまだ市販されていないテスト中の商品もあり、発売前に手に取って体験することが可能です。
商品説明はQRコードで確認(渋谷店)できるほか、スタッフも常駐しています。
一部の商品はその場で購入が可能で、できない商品は購入方法を教えてもらえます。
店内での顧客の行動をもとに、その商品がどのぐらい注目されたかをデータ化。
スタッフによるヒアリングやアンケート結果などのデータと併せて企業にフィードバックしています。
INSEL STORE(インゼルストア)
出典元:https://www.kirarinakeiokichijoji.jp/shop/?cd=000090
「INSEL STORE」は、アパレルD2Cブランドの集まったショールーミングストアです。
2021年6月、吉祥寺駅直結のキラリナ京王吉祥寺にオープンしました。
京王電鉄と、マーケティング事業を展開する株式会社Qoil(コイル)により共同オープンし、運営は主にコイルが担っています。
完全な体験型店舗で、店舗で購入することはできません。
商品を手に取ったり試着したりして気に入ったら、店内の2次元コードから各ブランドのECサイトへアクセスして購入します。
INSEL STOREのスタッフも常駐しています。
出店しているのは、アパレルを中心にレザー小物・インテリア・ビューティなど10ブランド。最大20ブランドの出店が可能です。ブランドは定期的に入れ替えられます。
年齢・性別・目線・行動、来店後のECへのアクセス状況といったデータが、ブランドにフィードバックされます。
店内での顧客の行動をもとに、その商品がどのぐらい注目されたかをデータ化。
スタッフによるヒアリングやアンケート結果などのデータと併せて企業にフィードバックしています。
CHOOSEBASE SHIBUYA(チューズベースシブヤ)
「CHOOSEBASE SHIBUYA(チューズベースシブヤ)」は、そごう・西武が手掛けるショールーミングスペースです。2021年9月、西武渋谷店パーキング館にオープンしました。
ファッションからコスメ・雑貨・食品などD2C約50ブランドが出店。ほとんどが百貨店初登場です。
接客するスタッフはおらず、来店者は自分のペースで商品を見て回ることができます。商品説明はQRコードで確認。
店頭でも購入可能なのが特徴です。QRコードから専用サイトへアクセス、カートに追加、会計後にまとめて商品を受け取ることができます。
もちろんECにも連動しており、ECから購入することも可能です。
半年ごとにテーマが変わり、初回のテーマは「タイムリミット」となっています。
FABRIC TOKYO(ファブリックトウキョウ)
「FABRIC TOKYO(ファブリックトウキョウ)」は、現在急成長を遂げているオーダーメイドスーツのD2Cブランドです。
百貨店の丸井が出資したことでも話題になっています。
2021年12月時点で、東京・大阪・名古屋・福岡など全国大都市に15店舗あります。
店舗は生地選びや採寸・コミュニケーションの場と位置づけ、顧客をどれだけ楽しませられるかに特化しています。
スタッフの販売ノルマはありませんが、リピート率が高く顧客の満足度は高いといえます
店舗での採寸は30~60分。ジーンズや女性向けの別ブランドでは、3Dスキャン採寸の導入も始まっています。また、店舗に行かなくとも手持ちのスーツを送って採寸してくれるサービスや、自分で採寸したデータでもオーダーが可能。サイズをマイページに登録すると、オンラインのみで購入できます。
店舗での購入も可能。対面でプロに相談できて安心感・満足感も得られつつ、ECの気軽さで注文できるのが魅力となっています。
上述のCHOOSEBASE SHIBUYAには、同社による新しい女性向けのオーダーウェアのブランドINCEINも出店しています。
今後売らない店舗に求められること
今後売らない店舗は、入り口である実店舗から出口となるECサイト、そして配達された商品が開封されるところまで一貫したブランディングや差別化が求められるようになっていきます。
店舗が担う役割は商品を体験する場の提供です。売らない店舗で顧客が購入する決め手は、商品そのものの魅力とそこで買うという体験が特別かどうかです。店舗・商品が魅力的であることが前提になっていきます。
そして実際に購入する場所はECサイトです。使い勝手が悪かったり実店舗と同じ世界観がECサイトに反映されていなかったりすると、消費者は興覚めしてしまいます。
そして配達された商品の梱包や、荷物を開けたときの体験価値の仕掛けも重要になります。
サステナブルな梱包資材やブランドの世界観をカタチにした限定ノベルティなどで、一貫したストーリーや世界観を表現することが求められます。
開封時の仕掛けはまだまだ一般的とはいえず、即効性のある差別化の方法だといえます。
まとめ
消費者がモノを買うメインの場は、これまでの実店舗からオンラインのECサイトへと移りつつあります。
「売らない店舗」の台頭は、そんな消費者の購買行動の変化に応じたごく自然な流れとも言えるでしょう。
消費者の層も今後Z世代が中心になっていくことで、さまざまなマーケティング手法や見解が述べられるようになってきました。Z世代はモノよりもコトや体験を重視するとも言われています。またデジタルネイティブである彼らは、ECサイトでの購入に抵抗が少ない人が多いともいわれています。つまりZ世代は、売らない店舗のメインターゲットと言えます。
今後さらに注目が集まると予想される「売らない店舗」。
どのようなブランドが、どのような店舗で、どのようなアプローチをしていくのか。必見です。